アメリカ出張の思い出

雑記
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仕事柄、結構海外出張に行きました。入社3年目あたりから、担当していたアメリカを中心に新規顧客開拓を行うため、年に何度も出張しておりました。
苦楽のエピソードがたくさんありますので、備忘録も含めて思い返していきたいと思います。
今日は、アメリカの航空会社の国内線での出来事を紹介します。


日本でのフライトアテンダントの職といえばどんなイメージを持つでしょうか?やはり「お・も・て・な・し」に代表されるような、高品質なサービスと容姿端麗なイメージを持っているのではないでしょうか?今でこそ、花形のイメージはずいぶん薄れてきたとはいえ、まだまだこのようなイメージはあると思います。


自分が働き始めた役30年前といえば、それこそフライトアテンダント(当時はスチュワーデスと一般的に呼んでました)と言えば、巷では大人気の職業で憧れの的でもありましたね。そのようなイメージをもって、アメリカの国内線を体験したのですが、そのイメージがすっ飛んでしまうぐらいの経験を何度もした記憶があります。アメリカでのフライトアテンダント職というのは、「空飛ぶウエイトレス」と呼ばれており、日本ほど職に就くうえで難しいわけでもなく、高給取り扱いでもなかったようです(今はどうでしょうか。。)


そのうえ、サービスレベルも、期待値が高い自分にとってはがっかりすることばかりでした。
国内線長距離フライト、確か展示会かなにかで、事務所のあるカリフォルニアから東海岸(ボルティモア?)だったと思います。自分の通路を担当していたフライトアテンダントの態度のぶっきらぼう加減にはさすがに憤りを感じたのを覚えております。そのうえ、おそらくオーバーウェイトの方で、業務に支障がでると思われるくらい、通路ぎりぎりまで幅をきかせてサービスを行うものですから、通路側に座っている自分に何度も体がぶつかることになったりしてました。実は、自分の座席の横に座っていたアメリカ人のお客もオーバーウェイト極まりない方で、座席の仕切りを、おなかのお肉がアメーバのように乗り越えてきていたので、かなり窮屈な思いをしていたのです。


極めつけは、機内食が足りなくなり、後方に座っていた自分の直前で品切れ。どうするのかと思ったら、ひとつの食事セットを、2つに分割して提供するではありませんか!!それを見えない場所でやればまだしも(まだしもでもないか)、目の前でやりますかね。。さすがに文句を言って、何らかの補償を求めた結果、空港の中でだけ使える、その航空会社の提携しているレストランの食事券(たしか5ドルくらい)。それで、空港に着いて、利用しようとすると、そのレストランは「Closed」。フライトの疲れもあり、あきれ返った記憶があります。


このような経験を何度もすることになり、アメリカの航空会社のサービス(特に国内線)には何も期待せず、アルコール(国内線でも無料でアルコールが提供される)だけさっさと胃に入れて眠ることにしました。

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